2011年03月31日

再度仙台へ

東日本大震災の後、17日の仙台、19日・24日の群馬県の高崎市に続き、
28日より2回目の仙台へ燃料の配送を行いました。
前回に引き続き、コープしがさんとの連携です。2回目ということもあり、
色々段取りもわかってきたので、快く引き受けることになりました。

色々予定が入っている中ではありましたが、皆さんにご協力戴きながら
28日~31日までの4日間を想定し、被災地の支援活動を計画しました。
まず滋賀県の仲のよい県職員さんに電話をし、関西広域連合として被災地に
入っているご担当者の連絡先を聞き、そこから宮城県対策本部の燃料油
ご担当者につないで頂いた。大変お忙しい中ご担当のモンデンさんに
色々と調整して頂いたのだが、混乱が激しく今回はうまくマッチングができず
今回は断念せざるおえなかった。

気を取り直し、28日12時過ぎに滋賀を出発。
今回は前回の弾丸行程を見直し、新潟市内で宿泊しました。新潟まで600キロ。
約 姫路⇒東京間に匹敵する距離。タンクローリーは燃料を満タンなので、
時速80km/hしか出ないので、8時間はかかります。

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お馴染となった4kタンクローリー。今回は軽油を3000Lとガソリンを1000L。


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新潟のホテルでコープしがの須戸さん、島川さんと合流。
29日早朝4時半にロビーに集合し、一路仙台へ。途中会津磐梯山より朝日が
昇りました。なにか元気が湧いてきます!!

今回は私が2回目なので、うちのタンクローリーが先導し、コープみやぎの
本部に到着。
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早速、持ってきたガソリンを携行缶に小分け。
普段タンクローリーから携行缶に小分けすることなどないので、うちのスタッフ
湯浅君にノズルを加工してもらい、次々給油。
一気に500Lくらいのガソリンを携行缶に入れました。皆さん、本当にガソリン
の確保に困っておられたようで、これは本当に喜んでくれました!!
軽油もコープみやぎのタンクローリーに入れて本部での給油を終了。

その後、宮城県内の各支部も燃料が不足しているので、配送してほしいとの
要望があり、即決「どこでも行きますよ!!」とその後4か所を回る事に。

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仙台市内では普通に自衛隊の車両が走っています。自衛隊の皆さま本当に
ご苦労様です。世界で一番「救った人数の方が多い」部隊と聞きました。
頑張ってくださいね。。

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実は、コープみやぎ本部から名取市の仙台南支部へ向かうのに約20km南下
するのですが、実に2時間半もかかりました。事故渋滞かなぁと言っていると
その原因がわかりました。この渋滞は、そうです。ガソリンスタンドに並ぶ
渋滞なのです。考えられないほどの長蛇の列です。
マスコミでは、供給不足は解消されつつあると言っていますが、この大都会
仙台でも全然燃料は足りていません。

高速道路を新潟から仙台に向かうと大型タンクローリーとよくすれ違います。
てっきり燃料供給は解消されていると思いましたが、よく考えてみました。

まずJXグループの仙台製油所が被災で閉鎖。現在は日本海側の新潟や酒井
油槽所より運ぶことがメイン。新潟から仙台まではおおよそ350km。
高低差の激しい磐越自動車道だと大型タンクローリーは時速80km/hが
精一杯。向かうだけで5時間近くかかります。ガソリンスタンドに荷降ろし
して帰るとトータル12時間近くかかる計算になります。
つまり1日1回しか配送できない計算になります。おそらく20KLローリー
で3か所くらいおろすとなると、ガソリンスタンドの在庫などすぐに切れて
しまうのは容易に想像がつく。震災で計量器が壊れたガソリンスタンドや
燃料が入ってこないガソリンスタンドは閉まっている。開いているに長蛇の
列が出来るの必然のよう。4時間並んで限定10Lというのが実情です。


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コープみやぎさんの指示で、宮城県名取市のガソリンスタンドにガソリンを
480L程度地下タンクにおろしました。少ししかおろせなくてゴメンナサイ。
ロープへ閉店しているガソリンスタンドだったが、次々お客さんが、
「ガソリン来たの??」と聞いてこられる。

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その後 コープみやぎ仙台南支部へ軽油を1000L配送。こちらも皆さん
喜んでくれました。

この名取市は、仙台空港の近くで、沿岸部は被災された地域でもあります。

次のコープみやぎ仙台東支部にいく途中で、沿岸部を通った。

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道路を走っていると急にこのような光景が広がってきた。
言葉にならない。。。。。

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捜索隊に遭遇しました。本当に頭が下がります。ご健闘を心よりお祈りします。

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この川が氾濫したのだろうか。すごく穏やかな川ですが。。。


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テレビの映像では、その場所の一角しか写らなかったですが、実際は延々と
このような光景が続きます。道路に船が横たわり、屋根に車が刺さっているのを
目のあたりにして、言葉が本当にでません。
お亡くなりになられた方のご冥福をお祈りします。

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その後宮城野区のコープみやぎ仙台東支部へ軽油1000Lを配送。
こちらも残量は少なく、燃料の到着を待ってくださっていました。

その後、最後の仙台市街より20kmほど北上した古川支部
に最後残りの軽油を届けて今日の予定を終了。
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その途中、コンクリート工場だと思いますが、すごく傾いている現場に
遭遇しました。地震の恐ろしさを改めて目の当たりにしました。

29日夕方仕事を終えて、一路新潟市内の宿泊ホテルへ。
片道350km以上の道のりです。東京→岐阜ぐらいあるのかなぁ?
スタッフ湯浅君と交代で頑張って運転して帰ります。

その帰り道、もうすぐ新潟というところで、1本の電話。。。
「灯油を仙台に運んでほしい」という依頼。

滋賀より仙台にいくより、新潟より仙台に行く方が近い。
けど肝心の灯油が手に入るだろうか??

すぐに山形のガソリンスタンド経営者 佐藤君に電話⇒繋がらず。

エネオスフロンティア関西支店 土田マネジャーに電話して
新潟のエネオスディーラーを当たってもらう。

日本青年会議所人間力運営委員会でご一緒している加茂JCの丸山さん
に電話して、どこか灯油を融通してくれるところを探してほしいと依頼

友人であるJXホールディングスの西田君に電話。
相談すると、「新潟なら五井君は?」

「あ、五井君がいた!!」
五井君は、私が三菱石油東京支店に勤務していた時の1年後に首都圏支店
で勤務していた友人です。しかしすでに18年近くが経過しています。
「覚えてくれるかなぁ??」と西田君から聞いた携帯に連絡すると、
懐かしい声が返ってきた!!
事情を説明すると、即決で快く「大丈夫ですよ。用意しておきますね」
ありがたい!!出荷規制が入っている中での気持ちのいいお返事。
本当に感謝。。

翌30日、朝に新潟市から長岡市へ出発。
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長岡市の油槽所で無事灯油を調達できました。

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五井産業 五井君

実は彼は長岡青年会議所のメンバーとのこと。
長岡青年会議所には、日本青年会議所人間力大賞運営委員会の佐藤さんの
いるLOMだ。本当に日本は狭い!!!不思議な青年会議所のつながりに
驚きつつ、五井君の友情に堅い握手!!

さて、再び仙台へ。
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高速道路では、緊急車両である自衛隊や警察車両がホントに良く走っています。
警察も兵庫県警・愛媛県警など各地より被災地に向かっておられる。
皆さんのご活躍と無事任務を終えることを心よりお祈りしております!!

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無事、目的地に灯油を配送できました。

その後また新潟まで戻りました。すっかり東北道⇒磐越自動車道も慣れました。
31日朝、ホテルの朝食バイキングでコープしがの須戸さんと会い、食事を
しながら、情報交換。
須戸さんも被災地を走りまわったようで、心労が重なっておられるようだ。
被災された店舗の所長は、避難所からお店に通われているらしい。
パートの女性が、「息子が遺体で見つかった。良かった」という話を
されている場面にも遭遇されたよう。まだまだ行方不明の方が大勢おられる
なかで見つかったことを喜んでおられる姿に絶句したとのこと。
涙が出てきます。。。

そこで、コープさんとは分かれ新潟の同じホテルに3泊もして
本日朝8時に新潟を出発し、16時に会社に着きました。

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4日間でトータル2500kmを走ったうちのタンクローリー。
ホントにご苦労さま!!彦根インターのガソリンスタンドでしっかり洗車。

JCI 「がんばろうTOHOKU 確かな一歩を踏み出そう」
今回の被災地への燃料運搬は、私にできる確かな一歩でした。

色々考えさせられる旅でしたので、色々考えたいと思います。

同行してくれた湯浅君ご苦労さま。
お世話になった皆さん、本当にありがとうございました。


投稿者 hiroshi_aoyama : 2011年03月31日 06:04